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進撃の巨人×センスオブワンダーとは?

SF要素の詰め合わせ。それが『進撃の巨人』という作品の正体であることは多くのファンが認めるところだろう。エンタメ作品として格別に優秀であり特別にユニークでもある。衝撃波を立て続けに浴びる感覚。凄過ぎて何度でも素直に脱帽してしまう。綺羅星のごとく素晴らしい作品が並ぶエンタメ史の中でも『進撃の巨人』は燦然と輝いているのだ。

普通の仕分け方だとサイエンス・ファンタジーと呼ぶのが妥当な作品ではあるが、真の姿は神話の領域に近いだろう。本来、神話をファンタジーかSFか、あるいはそれらの中間なのか、そんな風にカテゴライズするのは良くない手筋だ。くだらぬことを考えずに、その世界設定を受け入れて、ただ味わえばいい。だがしかしである。あまりにも美味、珍味なSF要素を咀嚼せずにはいられない。

そして最も興味深い対象は、もちろん巨人である。

これだけで極上のSF考察をモリモリできる。

巨人とは大質量兵器である。大きいことは強いこと。圧殺への恐怖は当然のこと。ウドの大木という言葉があるが、この世界の巨人は普通の人間にとっては普通な驚異。我々も共感できる。……その大きさに比例した圧倒的存在感は有無を言わせない暴力だ。超大型巨人は膝から下を少しだけ後ろに振り上げての爪先蹴りで壁門に穴を開ける。

狂気の巨人研究者、ハンジは言う。

と。そうなんだよぉ
壁の高さを超える60メートルの巨人が魔法にように現れる……これが科学的見地に立脚するSFと言えるだろうか?

いや!確実にSFだ!
理解できないテクノロジーは魔法のように見える。これは我々の人類史においても経験済みだ。
ハンジは直感的に理解している。

それは探究者として正しき資質であり、現状の知識を真理としない謙虚で慎重な態度だ。SF考察の中には自らの知識を至上として思考停止しているような発言があるが、正しき資質を持つ探究者を志すならば、他への影響を考慮しつつ注意を払う必要がある。考察とは、未来に向かって進化するべく冷静かつ情熱に溢れている。発想の飛躍をもって対象となる作品の可能性を図ることも可能だろう。実存する大量殺戮兵器の考察は専門的知識が必要となるが、巨人の考察は自由な遊び心をもって展開してこそ効率的であり、実在世界に応用しやすいと言える。そんな絶妙な考察フィールドを『進撃の巨人』は提示してくれているのである。これをSFと呼ばずに何と呼べばいいのだろう。カテゴリーとは広義と狭義があるとは思うが、狭義においてもSF分野に属するのは確定だ。マニアのSF思考が刺激されているのが証拠であり、普段のライフワークにおいてSF考察をしたことのない者にとっても、新たな楽しみ方を提供してくれるSF作品なのである。

さて、


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蟲=ナノマシン的な

SFとして蟲師を見てみると、とてつもなく興味深い。創作欲が刺激されるようなアイデアに充ちている。何度も繰り返して楽しんでいると作品の底が理解できてくるものだが、牧歌的とも言えるストーリーテリングでありながら、味わうほどに新しい想像力が喚起されるので、そのポテンシャルは計り知れない。その原因が【蟲】の存在であることに思い当たり、さらに面白くなってきたよ。エンタメにおいて【魂】という概念は、「なんとなく」語られるが、それと同様の構図になっていると思う。【蟲】を当然の存在とばかりに説明されると、受け入れるしかなくなるのだ。オリジナル設定を捏造している作品は幾らでもあるが、【蟲】のそれは絶妙だ。それを成立させているのはホラー的であったり、サスペンス的であったりする側面の効能だと思う。リアリティを追究したくなる気持ちが「はぐらかされる」のだ。その不可思議な語り口によって突っ込むタイミングを失ってしまう感じ。秀逸な世界観そのままにポジティブに思わせる素晴らしい空想科学的技巧だ。

さて、このサイトで蟲師という作品をSFとして評価してみようと思ったきっかけは『沖つ宮』というエピソードだ。「生みなおし」という現象はとても生理的に非常に気持ち悪く感じつつも【死】を回避したい人間の性としては未来技術として位置付けられると考えた。理屈を構築する楽しみとして分かりやすい。生みなおされた者の【魂】はどこから生じたものなのか。それは愛する人を失った悲しみと欲望と並行に論じられる。外面だけの評価としては、精神アップロード論議の類例としても違和感は無いだろう。そこまでは良かったが、魂論で思考停止していたことは確かで、【蟲】というリアリティを分析するのは忘れてしまっていたのだった。顕微鏡を覗いたギンコの見立ては、何らかの蟲が創りだしたイクラのような粒の中には『さまざまな生物の【胚~多細胞生物の初期段階の個体のこと】が入っている』そして『その蟲は生物を杯の状態に戻す』というもの。蟲の機能的にはそれで相違ないだろう。「生き物の生きた時間を喰う蟲」というギンコの見解が印象的だ。ここで考えるべきは蟲自体が世界に生じた経緯である。そこで最近になって閃いたのが『蟲=ナノマシン』と定義して検討する手法だ。


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地球外超知的生命体タコピーについて

アニメ『タコピーの原罪』サイコーだったね。原作漫画を読んだことがあるのに動画と音声によって脊髄反射的に感情が揺さぶられるのって卑怯と評価したくなるほど秀逸だった。感謝!

で、だ。悲しくて切なくてハッピーで、そして希望を持ってしまうストーリーについては僕ごときが詳しく語るまでもない。泣いた、それだけだ。海外の反応を見ながら笑って泣きまくった。斜に構えたり穿った見方をするのを失念してしまうほどである。脱帽。

さて、ハッピー星人【んうえいぬkf】について考察することにしよう。

超知的=ハッピーと定義してみるだけで案外しっくりする。アンハッピーだらけの地球人類は低知的あるいは非知的ということであり、それも概ね納得がいく。地球人類が進化してハッピー星人の境地に達するのは永き時間がかかるだろう。いや、不可能としても過言ではない。これに異論を唱えられる者はそれこそ馬鹿丸出しのハッピーだ。だが、タコピーを見ていると馬鹿も悪くないと思えたりする。馬鹿が進化の鍵だと考えるのは的外れだろうか?

原作漫画を読んだときは気付かなかったが、ハッピー星人は地球人語を話すことができるのに情報を今一理解できていないタコピーをやきもきしながら診ていると、地球人類とは違った素養の種に見える。そうでなければ成長途中の個なのだろう。その死をもって大人の仲間入りをしたとも解釈できる。とてつもなくハイブマインド臭がするのは否めない。やらかしたタコピーを切り捨てたように見えたハッピーママは経験を得てハッピー力を行使したタコピーを再び受け入れたに違いない。やらかすのは既定路線だった。ハッピー星人は『シドニアの騎士』のガウナ、『戦闘妖精・雪風』のジャム、のカテゴリに近いと位置づけてみる。しずかちゃんの言うことが難しくてタコピーには理解できないのだから検討前提としては妥当だろう。

タコ型宇宙人といえば火星人を想起する。土星ウサギの立て方を考えるとハッピー星とは火星なのかもと思ったが、作中の宇宙描写を診てるにハッピー星人は別の恒星系に根付いた種であろう。恒星間移動を達成できている種の境地がどんなものであるか想像する行為は、火星にすら到達できていない未熟な地球人類にとって非効率と言えるが、ハッピー星人は武力を頼りとするレベルから卒業していることは垣間見える。ハッピー星の歴史に、そしてハッピー星宙域の歴史に、そもそもが闘争という概念が存在しなかったのかもしれない。誰しもがハッピーに生活できるリソースに恵まれ、敵対する勢力は近隣に存在せず、自然に無理せず、能天気に進化してきた単に運が良かった種がハッピー星人だと邪推してしまうのだ。それを裏付けるようにタコピーは純粋であり、馬鹿である。


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SFと科学と吸血鬼

1957年11月3日、ソ連がライカを乗せたスプートニク2号を打ち上げ。犬種なのか個体名なのか、とにかくライカと呼ばれる実験用の犬は地球軌道に到達したという。Wikiを読む限り2002年10月の最新情報では、ライカは打ち上げ数時間後に過熱とストレスで死亡、との論文発表があった。センサーによればライカの心拍数は打ち上げ前は103、加速初期で240、無重力状態になって3時間かけて通常の脈拍に戻りはしたが、この時間は地上実験の3倍だったとのこと。この間、スプートニク2号は断熱材が損傷し、船内気温は摂氏15度から41度に上昇していた。。。。人間の宇宙進出の野望のために実験体となったライカの理解度とは、どれ程のものだっただろう。まあ普通に考えて理解なんてしてないよなぁ。人間に応えようとする犬特有の健気さはあったかもしれないし、トレーニングに合格したということは強靭で従順な犬だったんだろう。国家の威信のためかもしれないけど、人間ってやつはメリットのために冷酷な手法を選択することがあるのは誰でもわかってること。例えば、植物だとしよう。植物たちの悲鳴を聞こえたならゲンナリするが、誰しもが聞こえないから気にしない。犬ならワンワンキャンキャン鳴くだけだから気にしない。それでも人間はやる。人間はそういう生き物だ。研究対象となったものには容赦なく処断を下す。人類史はそれに支えられている。だから否定はしない。そういう意味では『月とライカと吸血姫』の主人公、人語を話す吸血種族ノスフェラトゥの少女、イリナ・ロミネスクの扱いは納得できる設定と言えよう。吸血鬼ではなく対象が普通の人間でも同じ扱いになり得ることは差別が無くせていない人類においては当然のこと。21世紀の地球人類は少なくとも精神的には進化していないのだ。


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物理法則の確認を御願いします

SF……つまり、サイエンスのフィクションを創作してるけど、我々の住んでいる地球が存在するユニバースの物理法則に、できるだけ合わせられるよう試行錯誤をしていきたいとは考えている。理由は読者の住む世界の物理法則がベースになっているほうが理解度が高かろうということでしかない。別世界については基本との比較で違いを説明すること分かりやすくなるだろう。ただし、作品中では、どの世界の物理法則を採用しているかを明示するなんて馬鹿馬鹿しいことをするつもりはない。


センスオブワンダーについては各々の状況によって変化するものと考えており、自分と他人のセンスオブワンダーが100%一致していると証明されない限りは気にしない。過去の論議については興味はあれど特に配慮するものでもない。またSFの間口を狭めるようなセンスのない発言は愚の骨頂であると断言しとく。広義のSFで皆がハッピーでいいじゃん。狭義のSFが好きな人はそういう作品だけを読んでればいい。エンタメとしての批評は問題ない。が、己の物差しで他人のSF表現を公開処刑しようとするな!ということである。実際、そんなことをして大人のSFファン、純真なSFファンから失笑されているのは狭量の輩である。かっこわるい!そもそもSFというフィクションジャンルに対して独自の解釈をして他人に押し付けているだけだ。非常に寒い。

岡田っちのSF警察に対する見解動画も観てね。

ネコのいる未来生活

愛猫家にとっては日本都市圏の住宅事情は切実な問題だ。ペットお断りがデフォルトでまかり通っている状況とか本当に困るんだよね。未来の世界では誰でもネコと暮らせるようになるといいな。できれば家賃上乗せ無しで来年ぐらいに達成してほしいのだがな。

さて、ペット可物件を必死に探す必要がない社会は薔薇色の未来であり、それを人類(特に日本だけど)は目指すべきだと思う。もちろん捨て猫なんて存在しない。というか2050年あたりだとネコは人間と同等以上の存在になっているに違いない。知性化するまでもなくネコは人間を超える知能を有している知的生命体だ。ただ、ネコが興味があったのは地球支配ではなくネズミだったのである。だが、21世紀のネコはネズミを狩らなくなった。キャットフードを与えられて御満悦である。だが、そんな生活にもネコはそのうち飽きるに決まってる。ネコ族が進化することによって好奇心が次の段階にレベルアップするのは、そう遠くはないだろう。ネコに見捨てられないように人類は肝に銘じるべきだ。そんな馬鹿な、と思うかもしれないがネコでなくても地球人類より優れている知的生命体が地球に到来したとき慌てないようにしておくのは悪くはない生き方だ。遠い宇宙から黒船に乗ってやってきた存在に、「こいつら猿だな」と思われたくないよね。進化とは科学的質量だけではなく精神の豊かさも評価されるだろう。だからこそネコを愛でることが銀河連合に加入を認めらえる条件の一つとも成り得るのだ。地球人類唯我独尊。そろそろやめないか?


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ピカードと宇宙とAIと

Amazonでスタートレック:ピカード(以下【ピカード】)見たよ!超最高っ!吹替も字幕も見た!何回でも見れちゃう!


『そんなの宇宙を舞台にしてなくてもいいじゃん』という作品が多いなかでスタートレックは宇宙への希望と妄想を広めて高めて深めてくれる作品。中でもStar Trek: The Next Generation略してTNGは僕にとってのスタートレック歴の中ではピークであり、その理由として99%をパトリック・スチュワート演じるジャン=リュック・ピカード艦長の存在が占めている。

そして、時を超えて満を持しての【ピカード】である。1話2話を観たところでは僕のピークが更新されるのは確実だ。今時の流れではあるがAIも物語の中軸になっているようで、僕が最近のクリエイティブ活動をAIに焦点を合わせていることもあり、狂喜乱舞である。


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ホワイト羽川にゃん!

障り猫……忍野メメをきどって説明すると、

・車に轢かれた尾のない白い猫を埋葬した者に取りついて性格を豹変させる。
・取り憑いた人物に憑依しストレス発散を肩代わりする。
・恩を仇で返す怪異で特性は常時発動型エナジードレイン。

てな感じみたいだけど、障り猫に限らず物語シリーズに登場する怪異は西尾維新のオリジナルが多いらしい。

ブラック羽川について調べてみると、

・羽川翼のストレスが限界を超えると発現する怪異。
・翼の姿をとりながら人格は怪異に完全に乗っ取られ、ストレスが解消するまで元に戻ることはない。

てな感じだ。

羽川の負の心から生じた怪異という存在に目を奪われていたが、要するに二重人格みたいなもんだと仮に定義してみる。いや苛虎も加えて三重人格か。苛虎はブラック羽川と違って羽川本体から分かれて別物になっていたから無理矢理だろうか?ならば、三つの魂と定義してみよう。うむ。こっちの方がしっくりするかも。

要するに、これは魂の問題であり、精神アップロードやAI自我が研究対象になってきた昨今においては科学問題でありSF問題として扱えるのである。では、魂とは何かを考えながら羽川の心情を分析してみたい。

最初に宣言しておくが、物語シリーズの根幹設定たる怪異を否定しているわけでもない。怪異にも魂があるという話であり、怪異が何であるかという話とは別問題であるので、以下の一人語りを読む際は御注意を。


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彼方のアストラ SFへの想い

ボクがSFにどれだけ詳しいかはさておき、SFはエンターテインメントの範疇であろうことを前提として考えてみようと思う。また、SF浸透が今一な日本にSFを普及させたいと、ボクが強く願っていることも前提となる。

最近、SF好きな友人と会うと、よく話題に出るのが『彼方のアストラ』だ。例えば反重力というキーワードが分かりやすく出ていること自体が好評価だ。こういう書き方をすると脊髄反射的に突っ込みたくなるのは気持ちは分かるので念のため言っておくが、 そこに反重力の実現性はあまり関係ない。 反重力については自分の創作で、地球人類が達成するとしたら、どういう経緯か、そして何時頃が良いか、いつも考えている。というかプロでもアマでもSFに取り組もうとしている人は誰でもそれなりに調べていると思うよ。ただ、それをいちいち前置き的に言うか言わないかの違いなんだろう。まあ、基本的にSFは小難しいという反応があるということが事前に分かってるわけで、エンタメ戦略として小難しいことを言わないのは理解できるし妥当だとも思う。作中で全ての人が納得するように全ての要素を説明するなんて有り得ないよね。もはや、それはエンタメたるSFではない。創作する者、創作を単に愛でる者、それぞれの言い分はあると思うが、そもそもが2019年の地球人類の成果をもって科学の限界を語ったり、SFの表現を狭める行為は愚行なのは間違いない。

SF論というよりエンタメ論ではあるが
ジョージ・ルーカスの見解についてもリンクしておく。


どうしても突っ込みたくなるときはボクらの世界によく似てるけど実は物理法則が違うマルチバースの他ユニバースの話だと思えば良いのではないかな。物理法則が違うんだから何を言っても通用しないぜ。ねえ、どうだい?ルーカスの脳内世界よりは納得できないかい?


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夏への扉 感想リンク集

Google検索が頭悪いので「夏への扉」の冷静な感想を集めていきます。読むか迷ってる人は参考にしてね。ただしネタバレ満載。「夏への扉」は賛否両論が激しい作品です。「夏への扉」好きな管理人はネガティブ感想については華麗にスルーしているので、そういう意見を読みたければチラホラありますのでGoogleで検索してみてください。ただし、説得力に欠ける論評も多いので読書メーター(新訳版リンク)などから軽く意見を拾ってみるのも良いかもです。ただ「つまらん」と書く論評は「おもしろい」と同じく個人の自由だけど、ネガティブ意見については説得力が伴っているか否か、よくよく注意するのが吉だと思います。

フェイクニュースと同じでネガティブ記事というやつはポジティブな人も気になってしまうのでアクセスが集まり、それが好評価されてか検索上位をキープし続けます。これは、SFのようなそもそもが記事が少ない分野にとっては致命的。検索はユーザー自らが駆使するものであってランキングは信じてはいけないもの。そういう意味では最近のGoogle君は有能です。でも、御新規さんに駆使を求めるのは酷。 だから情熱あるSFファンが良質リンクによって無能検索情報を駆逐するのです。もちろん総論としてネガティブな反応を無視するべきではないことは付け加えておきます。例えばネガティブ系リンクがあっても良いと思う。ボクが危惧するのは夏への扉を開けるチャンスを得た人が、ネガティブな情報に目を奪われて残念な判断を下してしまうことなのです。皆、忙しいですし感想記事を比較する時間をなかなかとれないのは分かります。だから、好きな人が誰でもできるリンク集という手法でネット情報を再編していけばSFファンがハッピーになる方向だと思うのです!

さて、 先に少しだけ言っておきたいのは、1956年発表の作品だということ。ハインラインは間違いなく先駆者の一人であり巨匠なのは間違いないです。「夏への扉」は本国アメリカでは彼の他の作品に比べて人気は低いようです。このリンク集を作るために色々と感想を読み漁ってますが、もしかしたら「夏への扉」はSF分野が伸びつつある市場の中で実験的作品だったのかもしれません。加えてSFが未踏な領域へのチャレンジならば、実験で新しいスタイルを築いていく心構えとそれを実践できることは、正しい資質と言えます。ライトノベルがもてはやされる昨今、「夏への扉」を読み返すにつけ、SFの裾野を広げることを強く意識していた天才だとも思います。ちなみにハインラインは世界三大SF作家としてアーサー・C・クラーク、アイザック・アシモフと並び称される創作者ですが、僕にとっては迷うことなく不動のナンバー1の存在です。そして、「夏への扉」は彼の代表作品の一つだったりします。彼にとって「夏への扉」が全作品中どんな位置付けだったのかは分かりませんが、少なくとも日本読者にとっては小難しく捉えられがちなSFジャンルを柔らかく包んでくれた青春文学としても過言じゃないでしょう。

あと、最後に一つ。
ネコSFなのか否かは、ネコを愛してる人じゃないと判断つかないんじゃないかな。当たり前な話だけどネコの出番量だけじゃ計れないネコ好きの気持ちをくすぐる品質ってのがあるからね。それに「夏への扉を探すピート」のイメージが湧いてくるだけで十分だよね。

シュレーディンガーは量子猫の夢を見たか?

科学やSFに詳しくない人でもシュレーディンガーの猫というフレーズは聞いたことがあるのではないかな。最近だと青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ないで出てきてたね。ボクは話半ばでTVアニメを途中で見るのをやめてしまったし、どんな風に語られてたかも記憶が定かではないのだが、豚で兎なのに何で猫やねんと憤慨し、そもそもタイトルがアンドロイドは電気羊の夢を見るか?(作フィリップ・K・ディック)のパロディだったりして羊の立場はどうなるねんとも憤慨したりするものである。そんな馬で鹿な話はさておき、とあるシュレーディンガーの猫研究がなされたというのでボクも思いを巡らせてみることにするよ。


う~ん、↑この記事を見る限りは、あんまシュレ猫には関係ないようなのだが……まずは気にしないで基本↓から。


ふむむ、さてと……


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夏への扉(梅雨入り)

東京も梅雨入りしたみたいだね。梅雨を知らないで育った道産子のボクは上京した時分はとてもじゃないが東京は灼熱地獄だとゲンナリしつつ汗だくになりながらゲーム会社に入るために就活していたものだ。それが今じゃ梅雨も真夏も平気である。人間の体って環境に馴染むものだね。もっとも最近の北海道もまた灼熱地獄の夏になっているわけだが、日本も本格的に亜熱帯化する前に仙台あたりに遷都したほうがいいんじゃないかね。宇宙船地球号の危機は待った無しなのである。

さて、SFでネコといえば 夏への扉 を思い出す人もいるだろう。ネコSFと呼ばれることもあるがネコのピートが登場するシーンは割合的にかなり少ないのだが、その少ない出番の中で、とても印象に残る名助演猫なのである。あからさまで冒険心を膨らまし愛猫魂をくすぐられるようなハヤカワ文庫の表紙絵の印象が強いのもネコSFと呼ばれる原因の一つになっているが、ボクはネコSFと呼んでも違和感は無い。また、この作品をお勧めする人が多いのもタイトルが詩的なことが日本人の感性に合い、その感性と猫という存在との相性も良いのだと思う。犬ではこうはならないし犬SF小説を求めている人も少ないだろう、多分。(犬も好きやで)。猫は想像力を掻き立てるにあたってはSF自体とも相性が良く、かく言うボクもそのへんにやられているわけである。ネコSFか否かを判断できる資格はボクには十分にあると思っている。ちなみに家で飼ってきたネコは三毛猫ばかり。彼女たちが夏の扉を探していたかは不明なのだが。

ネットを眺めるとネガティブな反応もちらほら見受ける作品なのだが、我が愛しのロバート・A・ハインラインによって1956年に発表されてから63年経った今でも、夏への扉はボクのSFマインドに深く根付いている作品であることは間違いない。最初に読んだのはマイ・アニメで初代ガンダムのニュータイプについての解説記事に紹介されていた、
・スラン(A.E.ヴァン・ヴォクト
・闘士(フィリップ・ワイリー
・人間以上(シオドア・スタージョン
に触れてSF小説にはまりまくった1982年、中学2年の頃だと思われる。それから数えても37年かあ……ふぅ。


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流氷のネコ天使

唐突にペットが飼いたくなったので手のかからなそうなハリネズミや爬虫類を調べていたのだがクリオネのことを思い出した。冷蔵庫が余っているのでクリオネ専用もいいかなあって前に調べたことがあったんだけど……
↓良い情報は転がっているものだ。というか絵柄が可愛いな。

ナメクジね。。
ところでナルトの尾獣の六尾は犀犬という名前なのだが、犀犬 は中国の『捜神記』に出てくる巨大な犬の妖怪らしい。でも、ナルトでは 6つの尾を持つ巨大な白いナメクジなんだよね。これってクリオネじゃないのかね。6つの尾はクリオネが捕食の際に伸ばす6本の触手バッカルコーンと符合する。しょこたん語では『未来を掴むバッカルコーン』という使い方もされるみたいだ。いいね、しょこたん。


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VR治療の可能性

SAO2期は前に見たことがあったはずなのだが、今回ひょんなことが切っ掛けとなって再見したところ絶剣ユウキについての印象が全く無いのが判明した。多分、当時は何となく観ていた作品だったのでGGO編の後のエクスキャリバー編がファンタジー色が強かったので、観るのをやめてしまっていたのかもしれない。

で、観てみた感想なのだが……
御涙頂戴の御都合設定と叩かれているのも理解できるようなシナリオだ。だが、SF要素を取り入れたエンタメ作品感動ストーリーとして王道の展開であり、正直泣いた。ユウキだけではなくスリーピング・ナイツ全員が負う重き設定もちょっと衝撃だった。バーチャルなパーティと対となるリアルなパーティがある。現実にも普通に有り得るシチュエーションだ。でも、なんだか同時にネガティブな気持ちももたげてくる。これは御涙頂戴作品に対して肯定反応している己への気恥ずかしさから湧き出る反抗心かもしれないとも感じる。確かにVR周りの歴史的背景やHIV周りの設定は、少なくともアニメの中では語りつくせていないと思うが、その本質は短絡的な悲劇である。それなりの数を泣かせるのが目標なら短絡的な悲劇で十分である。涙腺が弱い人間は大勢いる。 科学やSFで泣かせたいなら、よくよく注意しないといけないなと自戒できる事案かもしれない。


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ぐうたら感謝の日

今年もやってきましたよ。
一年を通じて最も不愉快な月……6月。

祝日が一日も無い。春休みや夏休みとも関係無い。最低最悪の月だ。それを嘆くのび太を不憫に思ったアホなドラえもんが取り出したる道具は日本標準カレンダーだ。祝日シールをカレンダーに貼るだけで、その日が祝日になっちゃうという優れモノだ。ドラえもんの秘密道具には超未来的なものが多いが、この日本標準カレンダーもまたSFの域を超えている。

ドラえもんが四次元ポケットから取り出す道具とは、22世紀には存在する道具のはずだ。もしもボックスはソードアートオンラインのフルダイブ技術のようなものとも解釈できるが、 日本標準カレンダー はそれの単なる機能限定劣化版ではなく、リアルに日本国民に迷惑をかけているように語られている。まあ、のび太が『勤労感謝の日』に対抗して、『誰も働いちゃいけない日』と法律で決まっているという物凄い強制力を悪ノリで設定さえしなければ、祝日が一日増えただけなのかもしれないが。


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ブラック羽川にゃん!

物語シリーズのヒロインの一人である羽川翼が、ストレス限界に達して怪異障り猫触り猫に心身を乗っ取られる。だが、その容姿は白であり、怪異専門家の忍野メメにその出自と性質を評されて名付けられた。要するに存在本質のイメージは黒ということだ。だが、ブラック羽川の行動は猫のように気紛れであり時に純白である。

物語シリーズをファンタジーかSFかのどちらかに分類するとしたらボクは迷わずSFに分類する。分かりやすい理由としては考察し甲斐があるからだ。一見、吸血鬼をはじめとした怪異という存在が物語全体を支配している作品がゆえにファンタジーに分類するのが妥当かもしれないが、それだとボク的には物語シリーズのポテンシャルをスルーしてしまうことになる。サイエンス・ファンタジーというSFの別のほうのSF言葉もあるらしいが、それはまた物語シリーズを語るにはボク的に違和感がある。サイエンス・フィクションというジャンルがガチで最強である。ファンタジーというぼんやりした言葉には甘えたくはない。

もとより、 読売新聞に書き下ろされたつばさボードにおいて3001年 終局への旅の中に出てくるインテリ定義を羽川に引用させちゃうみたいなことをする西尾維新が創作の根源をSFに求めているように思える。ならば、その作品はSFに間違いない。 


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栗まんじゅうで宇宙が満たされる時

ドラえもんの秘密道具バイバインによって、この宇宙のどこかで増え続けている栗まんじゅうで不安で眠れなくなることは無いだろうか?

2017年10月13日に新しくアニメ放映されて話題になっていたらしいが、あの途方もない事件が世に知らしめられたのは 、バイバインのエピソードが収録された、てんとう虫コミックス17巻の発売日が1979年6月27日より少し前のことであったはずだ。それから約40年である。バイバインは液体で、それを一滴たらした物体は5分に一度2つに分裂する。そして、さらに5分が経過すると2つになった物体おのおのが分裂、合計で4つの物体となる。
そして、それが永遠に繰り返されるのだ……

バイバインについては既に多くの考察がなされている。
↓まずは、このあたりを見ていただくのが良いかと思う。
アンサイクロベディア【栗まんじゅう問題】

2019年6月2日現在、宇宙はまだ栗まんじゅうに満たされていない。
奇しくも今日はぐうたら感謝の日なので、こんなことを心配してないでぐうたらしないといけないのではあるが……もうすぐ寝ますけどね。

さて……


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猫は宇宙で丸くなる

KindleでSF本を読みまくっている今日この頃。執筆スキルを高めるために始めたんだけど、普通に楽しんでる。一日のルーティンの軸にもなってきたんで、とてもイイ感じなのである。で、読みたかった猫SF作品を KindleUnlimitedで見つけちゃったよ。KUは江戸川乱歩の作品群を読むために入ってたんだけど、SF作品でもこういうのが増えてくれると本当に嬉しいのですが! ハヤカワさんも頼みますよ!

猫は宇宙で丸くなる【電子書籍版/4篇収録】 (竹書房文庫) Kindle版

収録作品は本版10短編のうち次の★印の4作品。
New!◆印の1作品

〈地上編〉
★ジェフリー・D・コイストラ「パフ」
☆ロバート・F・ヤング「ピネロピへの贈りもの」
★デニス・ダンヴァーズ「ベンジャミンの治癒」
★ナンシー・スプリンガー「化身」
シオドア・スタージョン「ヘリックス・ザ・キャット」

〈宇宙編〉
★ジョディ・リン・ナイ「宇宙に猫パンチ」
☆ジェイムス・ホワイト「共謀者たち」
☆ジェイムズ・H・シュミッツ「チックタックとわたし」
☆アンドレ・ノートン「猫の世界は灰色」
☆フリッツ・ライバー「影の船」

視力低下もあって本で読むのは避けているので、とても嬉しい。 なんで丸ごとKindleにしないかなあ。KUは無料だけど、定価だって買いますよ。印刷業者への配慮とかあるのかもしれないけど、特にSF作品は電子で出すべきでしょうに。商業的紙本が淘汰される時期はSF未来史でも近々に起きうることとして刻まなければいけない。


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地球ネコby平沢進

平沢進師匠がカッコいいのはSFマインドに溢れてるから。で、それはホントのホントにやばくなってきた地球への危惧からなんだろう。やっぱ師匠は凄いよね!だから我々も「ああ、いい曲なんじゃあ~」と恍惚になってるだけじゃなく「マジ地球ネコやべえな!」って師匠のメッセージを見事に受け取ろうじゃないか!

地球はもうボロボロよ。漫画や映画に出てくる警鐘はネタじゃなくてノンフィクションなのよね。まあ物体である限りは星にも寿命があるだろうが生命ある星としての地球の寿命を縮めているのは我ら人類なんだなあ。なんて罪深い存在なんだろう。自分の世代がどうにかなれば子孫がどうなろうと知ったこっちゃないとか、そのうち誰か頭の良い人とかAIが何とかしてくれるじゃろとか、思考停止してる人はSFマインドを補給しないとダメだよ。ほんと、マジで地球はヤバイんだってば!大宇宙の確率論的に地球って奇跡の星なんだよ。それをボクら人間ごときが壊しちゃっていいわけない。愛すべき地球は、ずっと末永く愛される地球で存在するべき。古い世代で協力して次の世代へ『まともな地球』でバトンタッチしよう。



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ネコ型ロボット

ドラえもんがネズミに耳をかじられて久しい。いや、ドラえもんは22世紀から20世紀にやってきたのだから、耳を失うのは未来の話である。そうはならないようにオリジナルのネコ型ロボットの【ドラ子】で21世紀中のネズミ根絶を目指したいと思う。

ドラ子の身体能力は野生のチーターレベル。通常の猫と同じぐらいの大きさであり穴があったら入ってしまう好奇心と柔軟性も兼ね備えている。何も無い空間をじっと見ているときは光学迷彩の何者かを見張っているときである。目から出るビームも装備しているが、使用しないと人間を危機から救えない状況以外では行動選択されることはない。そんな高性能なものをどうやって作ったのか? ドラえもんのチート秘密道具を作ることに比べれば超余裕だ。これをもってネズミ根絶は100%可能である。


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日本SFの現状

どうして日本ではSFは盛り上がらないのか?

もしかしたら自分がそう思ってるだけで盛り上がってたりするのだろうか?

いや、やはりそれは無いだろう。ゲーム業界みたいなとんがってる場所にいてもSF会話を楽しめる相手は限られている。自分が身を置いている周辺がそうなだけかもしれないが、なんだかんだでファンタジー勢には太刀打ちできない。 自分もファンタジーが嫌いなわけではない。だが、世の中にはファンタジーが溢れている。特にラノベ系が腐るほどある。だから、さすがに飽きるでしょ。そんなときにはSFである。だがファンタジーがホワンホワンしてるだけで楽しめるのに対してSFはガチなのである。ライトなガチもあるが、やっぱガチガチなSFがいいに決まってる。理解すればするほど楽しくなる。それがSFなのだ。

まあ、SF好きを自称してる人は沢山いる。だが、いざ話をしてみると科学とSFについて持論を展開できる人は極めて少ない。SF思考ができないのではなく、そもそもが比較論を展開できる最低限のSF知識に触れたことが無いというのが真相のようである。一昔前はSF小説をおかずに飯を食える人が周囲にゴロゴロいたはずなのだが、いつのまにか孤独なSFフェチになってしまったような感覚だ。親友にSF野郎が一人いるが、いつでも会って話せるわけでもないので、つまらないし、やるせないというのが本音だったりする。SFという言葉は虚構・創作という語意が含まれるがゆえに、それを共通認識できるようなSFという言葉定義は難しいのかもしれない。そんな事を言い出す僕のような暑苦しいSFマニアは鬱陶しいのも理解できるし、SFに限らずマニアックやフェチの領域に踏み入るのを避けている人が多かろうというのも想像できる。しかし、暑苦しいのではなく熱いのである。好きなものに対しては熱くなるのである。SFはその対象として無限のポテンシャルを秘めている分野なのだ。なのにSFは盛り上がってないんだぜ?何かがおかしい。。


続きを読む 日本SFの現状

考える猫

このサイトは主にSFと猫ちゃんについてテキトーに語っていく。いや熱く語っていく。日本SF普及連合(名前はとりあえずテキトー)の結成を高らかに宣言し、良質な情報を洗い出し、分かりやすく有用なリンク整理を心掛けていく。

■第一の手段
ネットの利便性を追求してSF普及に貢献する
・SFに興味をもった人が面白い情報を見つけやすくする
・たまたま日本SF普及連合会員サイト網に入り込んだ者にSFマインドを注入する

という感じで要するに、いかした目利きサイトを作ってみるということ。

■第二の手段
自らもSFを創造する
・科学的、SF的な世界を構築する
・構築された世界を用いてエンタメしてみる

という感じで要するに、
SFの小説やゲームを作ってみようと思うが、そのためにはエエ感じのSF環境にしとくのが吉
という無謀なる創作活動を思いついてしまった自己防衛だったりもするのだ。


にゃん!